*春風と共に*
「あああっ!!こんちくしょー!!」
男は公園のごみ箱に思いっきり、自分の持っていたものを投げつけた。
投げつけたモノは、たくさんの書類をねじったモノらしい。
男はブー垂れたように、近くにあったベンチにドカッと座り込んだ。
ムスッとした顔をしながら、背広のポケットから携帯電話を持ち出す。
「ああ、母さん?・・・ゴメン、また落ちちゃったよ。うん・・分かってる。
また電話する。・・・はぁ?いいよ、そんな事しなくって・・。
うん、分かってる。・・んじゃまたね。」
男はプツッと携帯の電源を切ると、また背広のポケットへと押し込んだ。
男はうんざりした顔つきで、ベンチになだれ込む。
「ったく・・なんで俺はココまでついてないんだ・・。」
そうボソッと言った後、ベンチにそのまま寝ッ転がってしまった。
ぼーっと日も暮れ、しばし寝に入っていた男はむくっと重い上半身を起こした。
一体あれから何時くらい経ったのだろう・・。
男は尽かさず腕にしていた時計を見た。
「もう、6時近くかぁ・・・早いな・・。」
男は立ち上がって近くの自販機でコーヒーを買うと、また同じベンチに座った。
さっきまで居たはずの子供達もすっかり姿がない。
今、公園にいるのはベンチに座り込んでこの背広の男だけ。
男は沈みかける夕日をじっくり見つめていた。
そこへふと、公園の出口の方に男は目をやると、一人の少女が目に入った。
まだ・・15、6歳位だろうか。髪がとても長く、漆黒の綺麗な髪が目立つ。
白い杖を持って、フラフラしながら道を横断しようとしていた。
”盲目か・・。可哀想に・・”
だが、男はその後大変なモノを見てしまった。
彼女が渡ろうとしている道の横から、軽トラックが後ろにいる彼女に
気が付かないで、バックしてきたのだ。
「あっ、危ない!!!」
男はすぐさま彼女の所へ駆け寄る。
だが軽トラックは尚もバックし続けている。
彼女もやっと軽トラックの音を聞いて気付いたのか、急いで渡ろうとするが
だが慌ててしまったのか、道ばたにあった石に足を躓かせ、思わず転んでしまった。
「危なーーーい!!!!」
男はもう一度大声で叫んで、すぐさまを両手で彼女を持ち上げ、
軽トラックの横へとジャンプして逃げ出した。
「キャッ!!」
キキキキッーーーー!!!
おかげで最悪な事態はまぬがれたが、
彼女と一緒に男は哀れにもゴミ箱へと突っ込んでしまった。
何かにぶつかったのか、男は失神してしまった。
少女はしばし頭をクラクラさせていたが、しっかりと頭を抑え、
手探りに自分の下敷きになっている男見つけると、
急いで小さなお尻をどかした。
「だ、大丈夫ですか?」
彼女は必死に男を揺さぶった。
「しっかりして!!」
「ううっ・・・。」
男はようやっと気が付いて、体を持ち上げた。
数回頭を降って、しばし自分がナニをしたのかを考えた。
”あ・・そうか、俺・・女の子を・・・”
「大丈夫ですか!?」
盲目の少女は必死に男に声を求めた。
男はボーっと彼女を見つめて、ある意味放心状態になっていた。
「すっませーん!大丈夫でしたか??」
軽トラックの運転手もさすがに気が付いて、2人の側に近寄る。
「あ、あたしは大丈夫ですけど・・この人が・・。」
少女は心配そうな声で、運転手にそう言った。
男は彼女の腕に捕まってなんとか立ち上がり、何事もなかったかのように
パッパッと服を軽くはたいて、男は彼女の手を掴んでゆっくりと立ち上がらせた。
「まったく・・彼女が無事だったから良かったけど・・。気を付けてくれよな!」
「本当にスミマセン。」
運転手は数回おじきをすると、サッサかと車に戻って走っていってしまった。
男はふぅ〜っとため息を吐いて、そのまま立ち去ろうとした時少女が声をかけてきた。
「あの!」
「・・ん?」
「・・あの・・有り難うございました・・。」
「いや、いいよ。君は目が見えないんだ、仕方ないよ・・。」
「あの、お怪我はありませんか??」
「ああ。大丈夫・・・って!君こそ腕!!」
「えっ?・・」
なんと、男はかすり傷もなかったのに、逆に彼女の方が傷を受けてしまったらしい。
彼女の腕から、血がうっすらと浮き上がっている。
「今、手当してあげるよ!」
「えっ、あっ・・大丈夫です・・。」
「大丈夫じゃない!・・ばい菌が入ったら大変だろうが。」
「あ、はぁ・・。」
「ほら、おいで!」
そう言うと男は強引に彼女の手を引いて、公園のベンチへと連れてきた。
男はベンチに彼女を座らせると、ポケットから男物のハンカチを取り出して、
水飲み場でハンカチを濡らしてきた。
すぐさま彼女の腕の傷の血を拭ってやり、その後自分のネクタイで
彼女の腕に巻き付ける。
手当を済ませると、自分も彼女の隣に座り込んだ。
「スミマセン・・ここまでしてもらって・・。」
「いいよ、気にすんな。」
「でも・・。」
彼女はすまなそうに辛そうな顔をした。
男はまたもふぅ〜っとため息を吐く。
「あの・・。」
「ん?なに・・?」
「あの・・お名前聞いてよろしいですか・・?」
「ああ。・・俺の名前は笠塚 浩平。」
「あたしの名前は美也。北原 美也と言います。」
「美也ちゃんか・・よろしく。」
男はスッと腕を出して、握手を求めようとするが、彼女が盲目なのを
思い出して出した手をまた戻してしまった。
「所で家は何処?」
「家ですか?近所ですけど・・。」
「そうなんだ。それじゃ、送っていくよ。」
「えっ!いいですいいです!近くだから自分で帰れますし・・。」
美也は慌てて遠慮しようとするが、浩平は後を引かなかった。
浩平は自分の上着を持ち、数回またはたくとベンチから立ち上がった。
「ほら、送って行くから手を出して!」
「ええっ・・それじゃ・・・スミマセン。」
美也はスッと手を差しだし、浩平は美也の手を掴んでベンチから立ち上がらせた。
隣に置いてあった白い杖を彼女に差し出す。
「あ、スミマセン。」
「スミマセンは聞き飽きた、もう言わなくていいよ。」
「あっ、えっと・・。あたし人と接するのが少し苦手で・・。」
美也は眉を傾け、本当にすまなそうな顔をしている。
その様子を見て浩平は”はぁ〜”とため息を吐いた。
それを耳で聞こえた美也も、更に困惑する。
「あのね、そう言う時は”スミマセン”じゃなくて、
笑って”ありがとう”って言うんだよ。」
そう言って浩平は大げさな笑いの顔を作って見せた。
だけどさっきも言ったが彼女は盲目。
見えるはずがないって浩平も分かってはいるのだが、
どうしても普通に接してあげたかったのだ。
「えっと・・それじゃ。”ありがとう”。」
美也は一生懸命浩平に向かって微笑みの顔を作って見せた。
その顔がとても綺麗で眩しく、浩平には見えた。
(なんて綺麗な眼をした子だろう・・・。)
彼女の目は盲目なせいなのか、それとも独自の物なのか。
うっすら茶色の落ちついた瞳だった。
浩平は美也が笑ってくれた事は凄く嬉しかったのか、
自然に顔も笑みが見える。
「あの、どうかしました・・?」
何も言ってこない浩平に疑問を感じた美也は尽かさず声をかけた。
いきなり声をかけられたのがビックリしたのか浩平の顔がうっすらと
赤く染まる。
「あっ、いや・・。帰ろっか!」
「はい!」
元気な美也の声と共に、浩平は彼女の手をゆっくり握りながら
その公園を後にした。
もう、日も沈みかけたそんな夕方の出来事だった。